罪なほどに甘い
 


     




体中が熱っぽくて、少し気怠い。
風邪で熱が出た時に似ているが、それにしては偏っている気がする。
頭がぼうっとしていて取り留めなくて、体を動かすのもだんだんと億劫になって来ていて。
でも、頭が重いとか体の節々が痛いとか、咳や鼻水が出るような不快さはない。
暑いばかりで悪寒はしないし、
その“暑い”という感覚も、体の奥の方から涌き立ってるそれじゃあない。
肌のすぐ下、浅いところから かっかという熱が熾ってて、
ちょっとした拍子に爪先や指先まで見えない炎みたいな感覚がさぁっと駆け抜ける。
それとは別に、下腹が特に熱いというか、何か覚えのない熱がじわりと集まりつつあって、
きゅうと締め付けられるような感触が起きては、むず痒くて腿をすり合わせたくなる。
でも、それが何なのかに思い当たりがないのが不安だった。

 総てはマタタビのお酒をかぶったせいだ

そうと言われて、
徹夜続きで疲れていたのもあってのことと
安静にしていなさいと与謝野せんせいから言い渡され。
何かしら“注意事項”らしきものを告げられたらしい太宰さんからは
私が付いていれば大丈夫だよと宥められ。
とりあえず体を休めないとと、
もともとこのまま休暇を貰えることとなっていたので
与謝野さんと国木田さんに見送られ、
自宅である社員寮へ帰る運びとなったようで。
社のドアを出てから石造りの殺風景な廊下をエレベータの前まで向かったものの、
ふと立ち止まった太宰さんは、しばし何かしら迷って見せてから、
自分の中衣のポケットに手を入れ、携帯電話を掴み出す。
登録されている番号を幾つか辿り、一覧の下の方に見つけたそれをちょいとタップして、
相手が出るのを待つこと数秒。
…十数秒ほど待ったところで相手が出たらしかったけど、
何か言おうとしかける前に素早く切られてしまったようで。
いかにも忌々しげに舌打ちをし、

「ごめん、敦くんの携帯貸してもらうよ?」

何故だか、今度はつながった途端という間合いで相手が出たらしかったのへ、

 「        」

喧嘩腰のようにつけつけとした口調で何か言い放った太宰さんみたいだったけど。
熱にのぼせてか、集中がぶつぶつと途切れ始めているようで、
油断すると足元から頽れそうで、
そちらに踏ん張ってたせいか、言葉の内容までは拾い切れなくて。

 「さあ行こうか。」

携帯をこちらのポケットへ戻してくれてからは、
それはテキパキ、それはそれは手際よく、
しかも途中からは膝から抱えて懐へ抱き上げてくれてという、
指一本動かさなくていいんだよと言わんばかりの至れり尽くせりな構えようで
ボクのことを壊れものででもあるかのように丁寧に運んでくれて。
そんなほどにも状態が悪化し、
歩くのも難儀しているせいかタクシーに乗せられたので、
そこへと着くまでまるで気がつかなかったけれど。

 「…あれ?」

降り立った場所の景色には見覚えはあった。
ただ、社員寮の前ではなかったので唖然とし、

 「…此処って。」

確かとんでもない場所じゃあなかったかと、ぼんやりする頭で何とか思い出そうとする。
他の場合でならともかく、今の今、
何で此処へ連れて来られたのかとぼんやり思っておれば、
先に降りた太宰さんにタクシーからそおと抱き下ろされて。
エントランス前の、恐らくは鍵か若しくは在宅者へのインターフォンを鳴らすところなのだろう、
鍵穴とテンキーとが据えられたパネル前に歩み寄り、
…いやいやいや、それって針金じゃないですか太宰さん。
何でそんなの突っ込んで、自動ドアが開いちゃうんでしょうか、太宰さん。

「もうちょっとだから頑張ってね?」

と、それは甘ぁく微笑ったの、
たまたまセクレタリ・クロークから見ちゃった受付嬢のお姉さんが ぽうとお顔を赤らめていて。
相変わらずの威力だなぁなんて、こんな時ながらも感心しておれば、
そんなぼんやりした思いさえ置き去るように、広い歩幅でロビーを横切った太宰さんは、
さっさかとエレベータに乗り込んでしまい。

 何かそこからちょっとの間。記憶が飛んでて覚えてなくて。




それがハッと覚めたのは、突然の声が鳴り響いたからだ。

 「敦の一大事ってのは何なんだ、青鯖っ!」

外からの重い扉を途轍もない勢いで開いたらしい、
有り得ない早回しで開閉されたような がちゃんドスンという一連の物音がして。
それへかぶさって轟いたのが、
ああ、聞いた途端に総身がほわりと甘く暖まる大好きな声音。
苛立ちを隠しもしない威嚇的に尖ったそれだというのに、
早く早く姿を見たいと、心持ちが勝手に浮き立ってしまう、
大好きなあの人がやって来たらしく。

 “あ…でも、今って…。”

あ、あ、そうだった。
今って、ボクの頭には何故だか虎の耳が飛び出してなかったか。
こんなふざけた姿、あの人に見せられるわけないじゃないか。/////////

 「あ、あ、わぁ…。//////」

いつの間にかくるまれていた柔らかい感触の中、
掛けられていた布を引っ張り、何とか顔だけでも隠そうと躍起になった敦くんだった。



     ◇◇


何と言っても家主ご本人なだけに、
わざわざチャイムを鳴らすという前振りもないままに。
ドアの蝶番をぶっ飛ばしかねない勢いで、荒々しくも玄関から突入し。
戦闘中の突撃敢行も斯くあらん、
一切の無駄なくという颯爽とした鋭い身ごなしで、
一気に奥の寝室まで踏み込んだ彼であり。

「お帰り中也、早かったね。」
「おうよ。○○ヶ丘の裾野から、制限速度無視して駆けつけたさ。」
「ええ? そんな遠くにいたのをこんなに短時間で戻ってこれたの?」
「誰が振った無茶ぶりだ、ごら

思い切り顔をしかめたものの、
その視野の中、大人しくベッドに横になっている敦なのだという現状へは
正直 不安もつのってだろう、端正な顔に浮かんだ表情も一気に曇って。

「一体何があっt…。」
「それなんだけどね、中也。」

細かい説明をするからこっちへと、
寝室からぐいぐいと押し出す太宰の強引さに負けたのは、
決して身長や体格の差から何かじゃあなくて、

「…何なんだ、あの頭に付いてたの。」
「よくも見逃さなかったねぇ。」

恥ずかしくて居たたまれなかったか、
掛け布を引き上げて顔を隠そうとしていた虎の子くんだったし、
彼の方へ視線が流れたのとほぼ同時という按配で、
自分の体を盾にするよにとっとと押し出しにかかったはずなのに。
そんな瞬間的な一瞥でちゃんと違和感とその原因を拾っている辺りはおさすがだ。
そのせいで呆然としていたがため、敦の前から引き剥がすことも出来たのらしく、
んんんっとわざとらしい咳払いを一つしてから、

 「まずはそこから説明しよう。」

何の下地もないままで駆け付けたばかりという中也へ、
彼の愛し子に降りかかった災難についてを語り始めて。



  ………………………………。
  ………………………………。


  「それって…………。」


話を聞いただけならば、そしてほかの人間の上へ起きたことならば、
ただの出来の悪い笑い話であったかもしれない。
異能というものの存在を知っていて、
なんでそのような不可思議なことが起きるのかが把握出来ていて尚、
何だその不幸っぷりはと、巡り合わせの悪さに苦笑しただけだったかもしれない。
だが、こたびの被害者はあの愛し子であるのだ。
それは大切に慈しんでいる少年がこうむった災難だけに、
赤毛の上級幹部様にとって、そんな風にあしらうわけにはいくはずもなく。

「なんでそんな…、手前が付いてたんだろうがっ。」
「ああ、面目次第もないとしか言えないよ。」

切れ長の目を吊り上げ、語彙も声も荒げてのそれは激しくも、
鬼のように怒り始める中也に、
可哀そうな目に遭わせたには違いないと、
太宰もそこへは自分の非を認める。
というのも、

 「しかも、ただの果実酒じゃあないのが問題でね。」

ホワイトリカーと氷砂糖で果実を漬け込む甘いお酒。
ちょっと強いが、呑んだわけでなし、
妙なものかぶったね、災難だったねでは済まぬのだ、敦の場合。

「マタタビっていうのは、
 ネコ科にとっては一種の媚薬で
 性的興奮を高める作用もあるらしくてね。」

なので、ただ酒に酔ったような酩酊状態になるのとは微妙に異なって、
別口の生理的な現象が刺激される恐れがあると。
与謝野せんせえはそこのところを
まだ幼い敦にはデリケートにあたらねばならないことだろうと察し、
なので激しい羞恥に翻弄されぬよに隔離してやる必要があろうと、
太宰に忠告したのらしく。

「……。」

一縷もふざけてなどいない、真剣本気の言いようだというのは、
形の良い眉を寄せた太宰の打ち沈んだ表情から見て取れた。
人を誑かすことにかけても特段の腕を持つ男だが、
こちらだって付き合いは長いし、
何より、いつも可愛がっているこの後輩くんのあの状態を前に、
たちの悪い ふざけた物言いなどしないだろう。


 「そこで、キミを呼んだんだ。
  私の選択は間違っていたのだろうか?」




 to be continued. (17.09.10.〜)




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 *ナイーブだろうお年頃の少年を出来得る限り守ってやりたくて、
  柄にもなくお兄さんたちが頑張っておりますよ。
  だってマフィア所属の子じゃあないのですし、
  いざ戦闘となると、そりゃあ過酷な第一線へ送り出される筆頭な和子ですんで、
  なんでもない時はベッタベタに甘やかしてやりたいらしいですvv